さてさて、18日、19日あたりは雨水(うすい)といって、雪氷が溶け出し、雨が降り出す頃だそうです、、、今となっては、サラリーマン時代の週休2日が懐かしい、街のカイロmcc ミウラヨシヤスです。
今日は、成人式と公園です??成人式はもう先月のことではありますが、最近、公園でケガをすると危ないという理由から、シーソーやブランコ等の遊び道具が撤去されている、というニュースをみて、思わず成人式を思い出してしまった、健康とは全く関係のないお話です。
先月も、成人式の若者達の傍若無人に騒ぐ様子がニュースで取り上げられていました。酒を飲んで暴れる姿を見て、「もう成人なのに、恥ずかしい」「人の話も聞かず、酒飲んで暴れるなんて、言語道断!」といったものです。先に言っておきますが、私も他人に迷惑かけたり、その場の状況を読めず暴れたりするのは、単なる子供、いやそれ以下だと思います。しかし、本当にその若者達ばかりが悪いのでしょうか、、彼らのエネルギーはどこに行けばいいのでしょう、、
昔は年中行事やお祭りなど「ハレ」の場がたくさんありました。本来我々日本人は、自然万物に神を見出し、感謝し、豊作(大漁)を祝い、四季折々に「マツリゴト」をしてきました。今では、地元の”ムラ”意識は薄れ、干渉し合うことを忌み嫌い、そのような祭事も少なくなりました。古来の祭りでは、皆が酒を飲み、ご先祖様や神々に感謝し、時には激しい議論や喧嘩ざたもあったでしょう。「ハレ」は日常とは違うので、羽目を外すこともあったでしょう。手軽に、「ハレ」という場を借りて、自分を外に出す機会がありました。「ハレ」の日は、勉強ができなくたって、運動に長けていなくたって、お金がなくたって、すべての若者達が主役でした。
今はどうでしょう。そのような「ハレ」の場は次第になくなり、数少ない(例えば成人式のような)イベントでは、「良い子」にしていることが強要され、ちょっと目立てばたたかれます。そのような若者達はいったいどこで自分を表現すればいいのでしょうか・・・(もう言いません。私は成人式で暴れることは正しい、ということを言っているのではありません。また、時と場所をわきまえろ、ということもわかります。ここではそのような”機会”がほとんどなくなってきた、ということを問題にしています。)ある人はこう言います。学生は勉強が本分。スポーツに打ち込めばいいのだと。果たしてそうでしょうか、、皆が皆、勉強に精を出し、スポーツに打ち込んでいる姿なんて、逆に健全でない気もします。しかし行き場のないエネルギーは、若者を暴走へと駆り立ててしまい、ちょっと騒げば、今の若者は!と言われ、静かにしていれば、元気がない、ひきこもり、と言われてしまう。。
では、公園の話に戻しましょう。ちょっとケガをすれば「危ない」と言って、器具を取り上げ、泥んこにもなれません。子供はケガしたり、喧嘩したり、泣いたり、あやまったり、笑いあったり、、そうしながら、自分を見つけていくものです。今の子供達は家でゲームばかりしている、と非難しつつ、外で遊ぶ機会と場所をとりあげてしまっているのです。(絶対もう言いましぇん!!子供はケガをした方がいい、とは思いません。また大ケガをするような器具が置かれているのは、かなりの問題です。ここでは矛盾点を言っているだけです。)ある人はこう言います。遊びなんて、自分達で考えてやったものだ!与えられるものではない!と。全くその通り。だから多少のケガをしても、ちょっとした危険を冒しても、大人達は暖かく見守ってくれていたのですね。
社会の中での自分。集団の中での自分。自分1人の自分。そういったことをこれからの世代はどこで学んでいくのでしょうか、、テレビからでしょうか。インターネットの中でしょうか、、もちろんそれもいいでしょう。それと共に、大切なことは、自分が主役の1人で、役割が任される「ハレ」の場所が、もっともっといっぱいあれば、彼らももっとイキイキできるのになぁ、と強く思います。
数年前、パラパラ(ダンス)が流行りました。あれは盆踊りの現代版だ、と思って微笑ましかったものです。カタチを変えても、若者達に、もっと「ハレ舞台」があればいいな、それも昔のように節目ごとに、と思います。だから、成人式の日は、式の後に、お祭り騒ぎしてもいい宴会場を用意して、騒いでもらったらどうでしょう。でも今の人達は歯止めの利かせ方が分からないでしょうし、それを制御できる大人達もいなくなったので、なんかあったらすぐ逮捕、という念書に同意してもらう必要はあるかもしれませんが(笑)、、、何れにしても、「ハレ」をもっと大切にしていきたいものです。
街のカイロmcc
ミウラYoshi
-健康を当たり前のものに mcc-
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